真夏前線、異状なし
 


     


お互いの職場があって日頃の足場にしている“地元”から、
国鉄の駅数で勘定して二駅ほど離れた隣町。
非番が重なっていたのでと休日を楽しみたくて出掛けていた敦や芥川にしてみれば、
此処で出逢うはずのない“絶賛お仕事中”の先達二人だったが、
ようよう考えてみれば、さほどの遠出でもないのだから
途轍もない級の物凄い奇遇ということでもなく。
ただ、中也がそのお務めの中、首領直々に授かったという調査対象にしていた案件と、
ひょこりと現れた格好の太宰が “ふふーvv”と楽しげに笑って告げたところの
彼へ割り振られていたらしき探偵社への依頼とやらが、

 「どうも重なってるらしいんだよねぇ。」

 「はぁあ?」×@

つまりは、
なので…と この場にその姿を現した彼だったらしく。

「強引な地上げなんて いきなり手掛けたりしては却って目立つのにねぇ。」

素人も同然な連中に依頼しちゃったのが運の尽きってやつだねと、
何もかも見越してのことらしい、
早くも相手を下に見るよなお云いようをする彼だが、
とはいえ、納得しているのは太宰だけ。
唐突にそうと言われても、こちらの面々としては
そのまま左様でと流されるわけにもいかぬ。
というか、

 「…いきなり現れた分際で、
  自分の持ちネタと俺らの事情をそうも手際よく均せるということは、
  手前またぞろどっちかに盗聴器つけてたなっ

語るに落ちたな、このずぼらで調子のいい盗聴魔めと、
男前だが低身長の赤毛の幹部殿から(おい) 勢いよく びしぃっと指を差されてしまい、

 「持ちネタ…。」

ちょっとちょっとその言い方、と。
そんな評をされた自分のお仕事へかそれとも自分自身へか、
異議ありとしょっぱそうな顔をした太宰だったのを置いといて。

 「盗聴器って…やっぱ芥川にじゃないの?」
 「だが今日は、というか一昨日から太宰さんとは会っておらぬ。」

お前んチか太宰さんチか、どっちかで一緒に寝起きしてるんでしょうがと、
日々のほとんどを過ごす勤め先は違っても
そういうのを付けられる可能性が格段に高いのはそっちだろうと言いたいらしい敦くんが、
それでも一応 自分の着ているシャツやら
日頃使いの財布や携帯をポケットから出して確認する傍ら。
そうと指摘された芥川も、
中衣の裏やズボンのポケット、ベルトを素早く手をすべらせて確認しつつ、
任務の関係で戻れなかったので二日ほど会ってないから、
接触していない以上仕込まれてもないはずと言い返し。

 「…君らさぁ。」
 「ほら見ろ、どんだけ信用ねぇんだ、手前。」

中也の指摘をそのまま鵜呑みにしてのその行動は傷つくんだけどと。
通りすがりの女子大生でもいりゃあ、
たちまち何を言われても信じちゃうだろう魅惑の風貌した貴公子殿が、
だが今は身内の青少年たちからどれほど不審に思われているのか、
少なくとも中也の指摘の方をあっさりと信じちゃったことから
相棒と自分とへの信用の度合いを赤裸々に証明されてしまい。
何よその行動はとしょげかかりつつ、

 「第一、盗聴器つけたのは中也の帽子にだし。」
 「……っ、手前、やっぱりやってたんじゃねぇかよ

濡れ衣でございと言いたげだった しょぼくれた言動は何だったやら。
俺か、俺にかと怒りつつも愛用の帽子を鷲掴み、
ああ本当だ、鎖飾りの根元に小さなボタンがあったよと、
忌々しげにむしり取る。

 「しっかりしなよ、大幹部。」
 「やらかした奴に云われとうないわ

せっかくの美貌を歪め、
今にも噛みつかんばかり、怒りに震える中也なのを
“まあまあまあ”と敦が間に入る格好で宥めていなし。

 「太宰さんが請け負ってた依頼って、確か特殊な金庫の錠前の…。」
 「おっと、敦くんそれ以上は、ね?」

秘守義務ってのがあるからストップと、
理知的な意思がくっきりとその口角を引き締めている口許へ、
人差し指を小粋に立てて見せ、所謂“ナイショ”のポーズを呈してから、

 「そうは言っても事情を話さなきゃあ、君らには協力してもらえないのだろうし。」
 「当たり前だ。
  つか、そうともなると、
  もしかせんでも、相手は小ぶりな反社会的組織じゃあねぇってことだな。」

小さな商店主や無辜の市民へ嫌がらせを仕掛けていた半端なゴロツキは単なる手先で、
その後ろに、太宰が請け負ったちょっと訳ありな代物とも通じる“関係者”が
そういった輩を雇った黒幕として控えているらしいのが、
勿体ぶったひけらかしようから透けて見えた中原だったようで。
こうとなっては共闘も致し方なしだなと、
既にその気になってはいるらしい中也の言へ、
うんうんと頷いた包帯まみれの蓬髪のお兄さん。

 「角屋のおばあさんにもう大丈夫と約束した以上、早急に対処しようじゃないか。」

ああそうかあの駄菓子屋さんて“角屋さん”って屋号だったんだと、
一番最後に加わった太宰から教わった格好。
何だかいろいろと順不同だねと、
困ったようにふふーと笑ってお顔を見合わせた年少さんたちだったが、

 「ああでも、二人は非番だから…。」
 「そうだな。」

日を改めて、そう後処理を手伝ってくれるかなと言いかかる背高のっぽの先達さんと、
きっちり立案してから説明し直しだなとにこやかに笑ったマフィアの幹部様へ、

 「手伝いますっ。」
 「帰れと申されますか?」

勢いよく返事をし、補佐をさせてと向き直った相手が、
本来の同僚様相手じゃあない辺りが、
一緒にいたいからだという心根というか、動機というかが見え見えで。

 “判りやすい。”
 “こういうところが敵わない。”

青いって尊いとばかり、
二つか四つしか違わぬ年長さんたちを
外掛け一本と蹴倒す思わぬフェイントだったりするのである。

  ……何の話だか。(苦笑)




     ◇◇


誰ぞに聞かれては困る極秘事項、
太宰の抱えていたピースの部分は筆談という格好にての、
取り急ぎの打ち合わせをちゃっちゃと済ませ、
情報の刷り合わせをこなし終えたのがほんの半時間後。
ああでこうで、ああそれは○○の▼▼さんに通せばすぐだろと、
日頃の不仲を補って余りある“双黒”の二人のツーカーな部分が
大きくものを言ったというところか。

 「それじゃあ。」
 「ああ。話がついたら一旦集まろうや。」

とある準備が必要なのでと、
それぞれ二手に分かれて主要な人物へ話を付けに向かうこととなり。
双方の首尾を整え次第、
以前から待ち合わせなどに使っている中也のセーフハウスで落ち合うこととなって。

 「………。」

耳をつんざく銃声が飛び交い、弾幕の舞い上げる砂塵が色濃く垂れ込める修羅場にて、
戦闘特化の異能力を存分に発揮する、それは雄々しい白虎の異能の持ち主くんはだが、
日頃の平素は随分と大人しやかで。

 “芥川を相手に、あれほど朗らかにはしゃいでやがったのによ。”

住宅街の生活道路なためだろう、あまりの酷暑からか人通りはない中通り。
こちらはポートマフィアのコネである
とある業種の相談役の下へ話を付けに行く中也について来た虎の子くんは、
足元から短く飛び出た自身の影、アスファルトの上へ見下ろしつつという、
やや俯いた姿勢で歩んでおり。
んだよ、大人しいじゃねぇかなんて思われているとも知らず、
そんな愛しい兄人をこちらもまた、ちらちらと覗き見していたりする。
さすがにジャケットを再び羽織り直す気はしなかったか、
絞って束ねるようにまとめて片方の肩に引っ掛かけている姿がまた、

 “うぁあぁ…っ。//////////”

まったくだらけずの爽やかさが半端ない。
彼の周囲だけ木陰の風が取り巻いているのじゃないかと思わせる、
奇跡の伊達男がポートマフィアだなんて、
何これ何これ、これぞヨコハマ・ミラクルだよと。
平生からも憧れてやまない、
美人で頼もしくて懐深くて稚気あふれる、
どこをどう見ても、欠けてるところがあってさえ男前な、
あのその、こここ・恋人さんへ。
日盛りだからじゃあなく彼の傍らに居るからこその熱中症になりかかるほど、
ほやんと体内が熱くなる少年で。

 「どした? 大人しいじゃねぇか。」
 「え? あ、いやあの、えっとぉ。////////」

会話がないと気が利かないかなぁなんて。
覗き見していた注意を弾かれ、あややとどこか挙動不審な声が出る。
女子高生でもあるまいにと、他でもない自分でそんなツッコミを感じつつ、
だがだが、あなたに見惚れておりましたとわざわざ言うのもどうかと思って、

 「今日、逢えるとは思ってなかったので。」

だってあなたと逢うのはまだまだどこかでえいという思い切りが要る。
身だしなみに手落ちはないかとか、体調は万全かしらとか、
せめてそのくらいは ちゃんとしてないと恥ずかしい。

 「何だそれ。」

はははと快活に笑った中也さんの声へ、
昼寝から起きたばかりみたいなセミの声がじじじとかぶさり、
おやと二人同時にその声の居場所へ目が行って。
別に関心はないやと再び視線を戻せば、先にこちらを見やってた青い双眸と視線が絡まる。

 「久方ぶりなんだからよ、ちゃんとこっち見ろや。」

怒ってはないらしい口調だが、
わざわざ言う辺り、よほどに自分は視線が泳いでいたらしいと敦は思い知り、
あややと再び項垂れながら、

 芥川がうらやましいなと思って。
 ? なんで?
 だって、ずっと中也さんと一緒にいられる。

ついつい話題にしてしまうのはやはり身近な人のこと。
だって、キミが知りたかろうからと思ってと、口に上らせているだけだのに、
他愛のないことであればあるほどそんな親しいのかと羨望がじわり。
だというに、

「…そうなったら多分俺は落ち着けねぇ。」

いやいや、そうじゃねぇな。仕事どころじゃなくなるななんて、
冗談じゃねぇぞなんて笑い飛ばしてくれる人。

 「ああそうですね、たぶんボクもそうなるに違いないです。」

嬉しすぎて、でも平静を保って居たくて
結果として却って挙動不審になっちゃって…。
たぶん心臓にはよくない生活となるに違いない。

 「そんな風に背伸びをしちゃうなんて、
  見栄っ張りなんでしょうねボク。」

本当は相変わらずに物知らずで、まだまだ子供で。
そのくせ一丁前に好きな人がいて嫌われたくなくて、
誰かに奪られたくはなくって…卑屈になったりじたばたしちゃったり。

 “そのままでいていいんだよって、言ってもらいたくてのもがきっぷりなら、
  いっそ性分が悪いと叱られた方がいいのかも。”

そこまで判っているのに、それでもぐずぐずしちゃうんだから最低だなぁと、
とほほと項垂れてしまった虎の子くんへ、

 「何だ、似た者同士じゃねぇか俺ら。」
 「はい?」

俺なんざ、裏社会にしか居場所はねぇ身だってのに、
贅沢にもピッカピカな昼間の似合う恋人が出来ちまってよ。
あんまりに天真爛漫だから、
無意識にいろんな奴を誑し込んじまって気が気じゃあねぇ。
可愛がられるのはいいことだってのに、
ついつい…心変わりしねぇか、あぶねぇ奴の口車に乗らねぇかって、
良からぬ心配ばっかしちまう、と。
随分と心許ないらしい言いようを並べてから、

 「いいか? 太宰のあほに何言われても鵜呑みにすんなよ?」
 「は、はいっ。」

あまりに真摯なお顔で言われて、ついこちらもはいといいお返事しちゃったけれど、

 「芥川と仲がいいのは俺としても嬉しいことだが、
  良しか? あれは扶養家族みてぇなもんだから、
  何かと俺の話が出ても妬くのはお門違いだぞ?」

 「〜〜〜っ。///////」

そうと続いてありゃりゃと顔が赤くなる。
何で判ったんだろか、そんな判りやすかったかなぁ。
例えになってないのかな、ボクの話って、と。
そんな風に思っておれば、

「つか、何で彼奴には
 あんなに一杯自然体で笑いかけられるんだ、手前はよ。」
「…………え?」

もしかして、太宰さんのことは言えないほど盗聴器とか仕掛けてませんかなんて、
だってそんな話なんていちいちしてないし、
わ、笑ってましたか、えとえっと、だってお友達だしと、
思わぬ間合いで降りかかったプチ嫉妬へ
あたふたと真っ赤になりつつ焦ってしまった敦くんだったようでございます。





 ◆おまけ◆


「そうそう。」

何処からか聞こえたセミの声に促され、何か思い出したという声を出した太宰だったのへ、
黒獣の君が静かに小首を傾げつつ視線を向けたれば、

 「森さん主催の花火見物は大概初日だったはずだよ?」
 「では、その日は人虎と涼みにまいります。」

何で唐突にそんなことを口にした彼なのかは詮索することなく、
自分の予定が定まったとすんなり応じたところ、
たちまち口許を尖らせてしまわれ、

 「え〜、私とは遊んでくれないのぉ?」

いやに子供っぽいお言いようをなさる。
とはいえ、

 「ですが、確かその日はご予定があったのではありませぬか?」

カレンダーへ何かしら印をお付けだったようなと、
すぱりと云われ、途端に

 「う…。」

口ごもるから判りやすい。

「キミ、最近の非番の日って敦くんと一緒が多くない?」
「え?」

いやまあ、銀ちゃんと一緒に過ごす日もあるようだけど、
待ち合わせてるよねと、きっちり把握されているのへ驚き、

 「いやあのえっと…。//////」

此処までは侍従よろしく淡々とした態度だったのが、
あっという間に保てなくなって赤くなりつつ、

 「…人虎から貴方の話を聞くのが楽しいもので。///////」
 「おや。」

こんな風に間近にあると、まだまだちょっと恥ずかしい。
でも、人虎が話してくれる貴方のことは、オブラート越しなので落ち着いて聞けるし、
自分では見落とすようなことも一杯拾ってくれているので、なんて。
先程貰ったばかりの、太宰さん昼寝に勤しむの写メを思い出しつつ口にする。
結構素直に語れるようになったのはよしとして、

 “直視が恥ずかしいだなんて、”

思春期の子ですかと突っ込みたいのを、そこは何とか思いとどまって。
まるで電視台のスタアのように言われてしまい、
そんな御大層な存在じゃあないってのにねと、
ありゃまあと眉を下げてしまった、包帯無駄遣いさんだったらしいです。

 「そんな言ってたらなかなか馴染めないってもんだよ?」
 「ですが…。/////////」
 「じゃあ、そうだね…こうしよう。」

  家を出る時、出先から戻った時は、必ずお互いのどこかへ接吻することにするとか。
  〜〜〜〜〜〜っっっ!!!

 「…そこまでビックリしなくとも。」

無意識に発動されかけてた“羅生門”が、
今日は内衣姿だったので存外かわいいスケールのそれだったのへ、
あらまあと再び眉を下げてしまった太宰さん。
こちら様もまた、
想い人さんに自信がつくまで、先は長そうでございます。(笑)




 to be continued. (17.07.29.〜)





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 *ちょっとくらいは睦まじいところも書きたいなと思ったのですが、
  糞暑い往来を歩きながらではこれが限界です。
  セッティングをミスったなぁ…。